職業作家への道

自分の文章で生活できるなんて素敵。普通の会社員が全力で小説家を目指します

美術館再訪

 
 
前にも書かせていただきましたが、私は昨年のある時期に転職をしました
 
 
その転職休暇の時に、たまたまよい美術館を見つけました
 
 
あれからもう半年以上が経ち、再訪することになりました
 
 
あの時、私は転職前の有給休暇を活かして、電動自転車に乗って自宅近くののお寺や神社を周っていました
 
 
ひどく疲れているところで、この美術館を発見して中に入り、いくつかの絵画を見たあと一階の喫茶店に入ったのです
 
 
この喫茶店はガラス張りになっていて、大通りを見渡すことができるくつろげる場所でした
 
 
私はその時、会社を辞めることが決まっていて、有給を消化している最中でした
 
 
朝起きて、どこへ行っても何をしてもいいという、学生時代以来久しぶりに味わいました
 
 
とはいえ、次の職場がどんなところか分かるはずもなく、私がやっていけるのか一抹の不安はありました
 
 
それまで、かなりきついところでがんばってきたんだから、次のところでも何とかなるという虚勢もあるにはあったのですが、そんなものは本物の感情ではありません
 
 
新しい職場でがっかりされたらどうしようとか、そんなことを考えていたような記憶があります
 
 
せっかくの休暇だから自由を満喫していると自分でも思っていたつもりでしたが、やはり執行猶予期間的なものを感じていました
 
 
私は再訪した美術館で、半年前に来た時の自分の心境を思い出していました
 
 
今では転職先にすっかり慣れたわけでもなく、期待に応えられているわけでもありませんが、淡々と過ごしています
 
 
少なくとも、暗闇の部屋に明かりがついて少し見える状況にはなっています
 
 
美術館でコーヒーを飲みながら、そんなことを思い出していると、急に新卒の時に同期だったサカイ君のことが浮かんできます
 
 
まるで、プルーストのあの作品のマドレーヌのように・・・(大げさですね)
 
 
サカイ君は入社したときは、みんなをとりまとめるリーダーのような役回りでしたが、長い研修期間を経るうちに、あまり目立たない存在になっていきました
 
 
その理由はなぜかは分かりませんが、少なくとも本人はがんばろうとしていました
 
 
その凋落は自他ともに認めていて、周りもひそひそとそんな話をしていましたし、本人も日を追うごとに元気を失っていきます
 
 
吐き気がするほど会社に行くのがイヤだった私でしたたが、そんな私ですら、サカイ君を見てかわいそうだと思いました
 
 
そして長い研修が終わる最終日に、人事の代表の人がこう言いました。
 
 
「明日からみんなは現場に出ます。これまでの研修は大変だったと思いますが、本当の戦いはこれから始まります。がんばってください。そこで最後に、皆さんから何でもいいので質問を受け付けたいと思います」
 
 
当然のことながら、私には彼らにしたい質問など何一つありませんでした。多くの同期もそういう気持ちだったのでしょう
 
 
人事の情熱に比べると、新人たちにはそれほど強い気持ちはなかったようで、誰の手も挙がりませんでした
 
 
ところが、そこでサカイ君が急に手を上げたのです
 
 
今さら彼が何の質問をするのだろう
 
 
同期のみんなは一斉にサカイ君を見ました
 
 
そして、サカイ君はこう言ったのです
 
 
「面接の時はいいと思って採用したのに、入社してからだんだん失望されてしまう人は、この後どうなるのでしょうか」
 
 
誰もが静まり返りました
 
 
そして、残念ながら私は人事の回答を明確には覚えておりません
 
 
ただ、推測を交えつつ思い出してみると、おそらく人事の人は少し焦りながら、こんなことを言っていたような気がします
 
 
「そもそも新入社員には、面接の時からそれほど過度な期待はしていないし、研修中の実力ではなく、これから配属されてどう活躍するかが全てです」
 
 
その後の質問は続かなくて静まり返っていましたが、私は少し安堵していました
 
 
サカイ君のその質問を聞いて、この後彼は問題なく社会で生きていけるだろう、という気がしたからです
 
 
現在の自分の状態をきちんと理解していて、その場が凍りつくような質問を投げかけて、平然としている彼の図太さがあれば、何だかやっていけそうな気がしました(悪い意味ではありません)
 
 
その後、私はその新卒時の会社を同期の中で最も早く辞めてしまったこともあり、同期たちの消息を誰一人として知りません
 
 
ですが、たまに思い出すのです
 
 
結局、私とサカイ君は一度もまともに喋ったことはありませんでしたが、彼は今ごろ元気なのかなぁ、と美術館で急に思い出してしまいました
 
 
すみません。何だか、最初に展開しようとしていた話と全く違う方向へ進んでおります
 
 
とある純文学の最終選考でも、誌面で私はこんなようなことを書かれてしまいました
 
 
「想定していた話からずいぶん逸れているように思う。そしてそれは本人が意図したものではないだろう」
 
 
というような書評をとある作家の方からいただいきましたが、まさしく今回の記事も、そういうことなのでしょう
 
 
もちろん、その書評はマイナスの方に働く意見で、あえなく落選したわけです
 
 
相変わらず、その癖は直っていないのですが、これをむしろ肥大化させて、誰も予想しなかった終着点へ導くいう手法もあるのかもしれません
 
 
いずれにしても、三月末の締切が迫っています(すばる、新潮、文藝)
 
 
目指している方はがんばりましょう!
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