タイタニックという映画がかつて流行りました
私も見たことがありますが、心に残る作品でした
今でも、冒頭のおばあさんのシーンは覚えています
そこからタイタニック沈没の記憶を呼び起こすという構成でした
ところで、同じタイタニックの話でも、とてつもない小説があることをご存じでしょうか
とはいえ、『旅の終わりの音楽 (クレスト・ブックス)』はタイタニック号に乗る音楽隊ということ以外は完全なフィクションです
主人公が誰というわけではありません
主要なメンバーが七人ほどいる、という構成です
彼らがタイタニック号に乗るまでの話が並列的に語られています
それぞれの話が独立していて、タイタニックという設定にしようと思った著者の気持ちは理解しがたいものがあります
仮に、それらをまとめ短編集として発表しても、この著者への評価は変わらなかったに違いありません
それだけこれらの独立した物語は、それぞれに高い水準の物語なのです
私は、どれも夢中になって読みました
天才的な音楽資質を持っていた人間が落ちていく話
まだ若いがゆえに燃えるような恋をして破滅して逃げ出してしまう少年の話
どれも正統派な物語であり、安心できます
正統派であるがゆえに、古典的な名作の影がちらほら見えるところもあります(例えばゲーテやディケンズのような)
なかでも最も印象に残るのは自ら「ほんとうの恋物語です。」と語るダヴィッドの章でした
古典的名作かと目を疑うばかりの上品さなのです
それぞれの章が終わるごとにまた新たな章が出てくるため、読者を疲れさすこともあるかもしれません
ですが、再び次の章に目を投じるとまたのめり込んでしまいます
ところで、史実のタイタニックの話は『旅の終わりの音楽』に劣らず劇的のようです
21才のある青年が沈没で亡くなった際、遺族は補償を求めたそうです
ですが船会社もエージェントもそれを断りました
そればかりではなく、この青年に貸していた衣装の代金の請求書を遺族に送付したと言います
そんないかにも物語りになりそうなタイタニックの事実には一切ふれずに、この著者は完全なフィクションを一から作り上げているのです
そして、著者であるエリック・フォスネス・ハンセンは25才の時にこれを書き上げています
5年間の歳月を費やしています
この人の作品を私は他に知りませんが、この一作にしてすでに大作家の仲間入りと言っても過言ではないかもしれません
この作者で日本語に翻訳されているものは、残念ながらこの一冊のみのようです。おそるべき才能だと思いますが、それだけにこの作品で全てを出し尽くしてしまったのでしょうか。もし新作が出てくれたら、私はきっと買うでしょう