職業作家への道

自分の文章で生活できるなんて素敵。普通の会社員が全力で小説家を目指します

『観光』ラッタウット・ラープチャルーンサップ(後編)

 

 

前回からの続きです 

 

「観光」

 

さすが表題作だと私は唸ってしまいました


あとがきにも書いていますが、観光をするという意味だけではなく、光を観るという二重の意味で邦訳されたタイトルとのことです


主人公の母親が一二週間後には失明することになり、母を連れて旅行をするという話です


よくある話ではないかもしれませんが、よく話にされそうな状況です


ですが、この作者の手にかかると少し色が違ってきます


タイの国民性みたいなものが背後にはあります


物語は観光ということを語りながらも随所にその裏に横たわっている膨大な物語が見え隠れします


この作品にしてもそうですが、何という見事な終わり方でしょう

 

プリシラ


この小説を日本人で書ける人はいないと思います


なぜならプリシラというのはカンボジアからの難民だからです


主人公の少年と友人はある日からカンボジア難民のプリシラという女の子と仲良くなります


彼女の歯はわけあって黄金でした


ですが、カンボジア難民を快く思わない現地のタイ人(主人公たちの父親含め)が、
ある時から彼らの住んでいる地域を、住民が一致団結して全て放火してしまいます


主人公はプリシラを探します。そして、ようやく彼女を見つけるのですが彼女は怒ってもいません


前住んでいた時もこういうことが起こったといいます


そして、彼女は黄金の乳歯がぐらぐらしてきたため、それを引き抜き少年に渡すのです


少年はやるせなさのあまりに、街を飛び出します


その後、少年とヌードル屋の店主のやり取りがあります


こういう描写も日本人では書けそうもありません

 

「こんなところで死にたくない」


この短編集の中で唯一、タイ人でない人間が主人公です


とはいえ、老アメリカ人で体がほとんど言うことをきかないという主人公になります

 

舞台はタイです

 

息子の嫁はタイ人で面倒を見てくれていますが、老人は気に入りません


その子供たちも英語は話せないために、まともな相手にならないからです


苛立ちながらも老人は介護され続けます


物語の最後で、家族は遊園地に行くのですが老人は突飛なお願いをしてきます


そのお願いは周りからしたら馬鹿馬鹿しいのですが、老人にしてみれば一世一代のお願いでした


主人公と作者の年齢差があるためか、いつものテンポ良さがないのですが、人間の深淵を最ものぞき込ませてくれる作品かもしれません

 

「闘鶏師」

 

この作品が一番長いです。他の作品の二倍くらいはある分量だと思います


それだけにディテールが丁寧に描かれていて、もっとも胸に迫ってきます


父はかつてこの辺りで一番尊敬されている闘鶏師でした


ですが、ある時から金持ちの脅迫などに遭いそうでなくなってしまいます


それでも父は挫けずに、勝負を挑み続けるが連戦連敗のため、損をして落ちぶれていきます


その娘が主人公です


一見するとこのストーリーは予定調和で進み、そのように終わる予感をさせるのですが、全くそうはならないところがお見事です


だからといって、救いの結末でもなければ、絶望の結末でもありません


それが、タイ的な文化のためか、この作者の腕力なのか、私には見極めることができません

 

以上が、それぞれの短編の感想です。なるべくネタバレしないように心がけてみました

 

どの短編も静かな波長で物語は進むのですが、つねに何らかの危うさを読者に感じさせます


物語に書かれていない目線のようなものを感じるというのでしょうか


ちなみにこの作者はイギリスに滞在しながら長編を執筆しているという話でしたが、一向に出版されません


もしでたら私は間違いなく購入しますし、この短編を読んだ人であれば待ち望むと思います

 

ちなみに、この作品は、小説という様式自体について考えさせられます。新しい文学を志されている方には、実験的な観点で参考になりますし、普通の読者の方もシンプルに楽しむことができます


有望な作家を発見すると、胸が躍ります。世界は広いです


予想もつかない言葉が浴びせかけられます

 

こういったマイナー地域の素晴らしい作家を、どの出版社もたくさん紹介してほしいものです

 

観光 (ハヤカワepi文庫)
 

 

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