職業作家への道

自分の文章で生活できるなんて素敵。普通の会社員が全力で小説家を目指します

『蟻の独り言』非売品、あれから十数年後(中編)

 

 

前回からの続きです。公園で野宿していた私は突然話しかけられました

 

 

「君、何をしているの?昨夜はここで寝たの?」

 


僕は怒られるのだと思っていましたが、彼の口調は優しいものでした

 

 

「はい」

 

 

「歩きながら旅をしているんだね?」

 

 

「そうです。最上川に沿って歩いて海に向かっています」

 

 

「いいね。ところでお腹すいてない?」

 

 

「すいてます」

 

 

「そうだろうね。私についてきて。うちに来なさい」

 

 

「いいんですか?」

 

 

「もちろんだよ」

 

 

「でもどうして、こんなことをしてくれるんですか?」

 

 

「さっき、一度ここを通って家に帰った時、君のことを奥さんに言ったんだよ。そうしたらさ、どうして連れて帰ってこないの?って。きっとその子はお腹もすいているんじゃない?もう一度、公園に戻って連れて来てあげてちょうだいって言うんだ」

 

 

「ありがとうございます。それにしても、どうしてそんなに優しくしてくださるんですか」

 

 

「私たちにも孫がいてね。彼は君とだいたい同じくらいの年齢なんだけど、やっぱりバイクで日本を旅しているんだ。奥さんがね、きっとうちの孫もいろんな人に親切にされながら旅をしているはずだって。その代わりってわけじゃないけど、君にもご飯くらいは作ってあげたいって言うんだ」

 

 

それで私はTさんについていき、玄関に入れてもらって中に入ると、ふっくらした優しそうな奥さんが笑いながら出てきてくれました

 

 

私はそのご厚意に、もう本当に泣きそうになりました

 

 

手料理を食べさせてもらい、二人と本当に様々な話をさせていただきました

 

 

すごく楽しい時間でした

 

 

ですが、あれから長い年月が経ってしまって、肝心の話したその中身については、あまり覚えていません

 

 

Tさんは戦争から帰った後、一人で事業をはじめて、非常に苦労しながら文房具店として店を大きくして、今にいたっているということでした

 

 

Tさんの家の一階は店舗になっています

 

 

自分の将来が不確定で不安定な中で、非常に参考になる話でした。自分も強く生きていかなくては、そしてこのご夫婦のような家庭を築いてみたい、と思いました

 

 

ですが、お別れの時間はやってきます

 


厚くお礼を言って、ご夫婦の家から出発しようとすると、封筒を渡してくれました。中には五千円が入っています

 

 

そして、一冊の本をくれました

 

 

それは高橋さん自身で書かれた伝記のようなものでした

 

 

タイトルは『蟻の独り言』とあって、第二次世界大戦に参加して帰郷して苦労して現在に至ると言う一代記を自作したものだったのです

 

 

後日、その本を読んで私は高橋さんという人についてさらに理解することができました

 

 

それから十数年、、、

 

 

私は山形へ行くことになりました。一昨年の2018年のことです

 

 

もちろん、『蟻の独り言』を携えて

 

 

Tさん宅を再訪するためでした

 


もうTさん夫婦が亡くなっている可能性は高いですし、何をするわけでもありません

 

 

ですが、もし、彼らのお墓がどこにあるか知ることができたら、手を合わせて彼らの生涯について思いを馳せてみたいと思いました

 

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山形再訪にあたり、山寺へ行ってみました。気持ちのいい場所で、ずっとそこに居たくなります

 

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