職業作家への道

自分の文章で生活できるなんて素敵。普通の会社員が全力で小説家を目指します

『蟻の独り言』非売品、あれから十数年後(後編)

 

 

最上川の旅、最終回です

 

 

『蟻の独り言』を携えて、私は記憶をたどりながら、まずあの公園を探しました

 

コロナ前の2018年の話です

 

 

見たらすぐに分かりました。確かにこのベンチで寝ました。そして、この蛇口で歯磨きをしました

 

 

そして、Tさんがどっちから歩いてきたかも記憶に残っています

 

 

さんざん写真を撮ってから、Tさんの家に向かいます

 

 

道もなんとなく覚えています。そして、Tさんの家が見つかりました

 

 

一階が文房具屋の店舗。裏側の階段で上がった二階にご自宅があります

 

 

私は確かにTさんに連れられてこの階段をのぼり、玄関に入ったのです

 

 

表札を見ると、Tさんの名字と名前が変わらずに書いてありました

 

 

もしかしたら、まだご存命なのではないか、と期待をふくらましてベルを鳴らしました

 

 

まず第一声になんと言えばいいか。自分の名前を言っても覚えてはおられないでしょう

 

 

十数年以上前に、旅をしているときにご飯を食べさせていただいた者です

 

 

緊張しながら、頭の中でぐるぐると言葉がまわります

 

 

ですが、何度鳴らしても、応答がありません

 

 

店舗の方にまわりました。が、その日は休日ということもあり、店の中は真っ暗です

 

 

もう一度、住宅の方に行き、インターホンを鳴らしてみました

 

 

やはり応答がありません

 

 

やむを得ない、そう思いながらもう一度店舗にまわると、ガラスの奥の方に光がついているのが見えました

 

 

私は勇気を出して、店舗のガラスをノックしてみました

 

 

すると、奥から二人の男性と女性がこちらを見ました

 

 

私と同じくらいの世代です

 

 

もしや、と思いました

 

 

彼らは不審なものを見るようにして、出てきてくれました

 

 

「突然すみません。実は、十数年ほど前にこのあたりを旅している時に、ご飯をごちそうになり、お礼を兼ねてうかがわせていただきました」

 

 

「はい、、、」いきなり変な人が来たと思われているのは明白でしたが、当たり前です

 

 

「Tさんご夫婦には本当にお世話になりました」

 

 

「あ、私は孫です」

 

 

「じゃあ、もしかして、あなたがバイクに乗って世界を旅されていた方ですか?」

 

 

「あ、それは私ではなくて、違う孫ですね」ですが 、その時に少なくとも私が嘘をついていないと理解してもらえたような気がしました

 

 

「そうですか」

 

 

そうやって、私たちは少し会話をしました

 

 

残念ながらTさんは12年前に亡くなっていて、奥様は6年前にお亡くなりになられたということでした

 

 

私は『蟻の独り言』をお見せしました。すると、お孫さんたちは少し笑っていました

 

 

そして、私は出てきてくれたお礼をお伝えすると、お孫さんは私にこう言ってくれました

 

 

「今日は、来ていただいてありがとうございます。亡くなった祖父母も再訪していただいたことを喜んでくれていると思います」

 

 

私は全てが救われたような気持ちになりました

 

 

そして、Tさんのような厚意ある方のお孫さんだけあって、やはりしっかりされた方で、嬉しくなりました

 

 

私は、もう一度かつて寝泊まりした公園に行くことにしました

 

 

Tさんご夫婦はもうこの世にはいない。私は帰りの新幹線に間に合う時間まで、ずっとそこのベンチに座っていました

 

 

と、、、まあ、、、最後は少し感傷的になってしまいましたが、全て実話です

 

 

こういったものを、創作に流用することはありません。何らかの影響を受けることはあるかもしれませんが、やはり大切な思い出は大切な思い出として、心に残しておこうと思います

 

 

ですが、こうしてTさんとの思い出をこのブログで表現できて、皆さんに読んでいただけて、ほっとしています

 

 

最後までお読みいただいて、ありがとうございました

 

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普通の人から見たら、何の変哲もない公園。ですが、私にはTさんとの思い出のある大切な場所です

 

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