本屋さんに行く楽しみは、単に「あいうえお」順に並んでいる書棚を見るだけではありません
もちろん、それも楽しいです。今日は「あ」から一冊ずつチェックしよう、と息巻いて棚を点検するのも無上の喜びがあります
それ以外にも平積みの新刊を眺めながら、あまり親しみのない出版社の本を手に取ってみるのも悪くありません
ですが、私が本屋さんでいつも新しい発見があるのは、その本屋さんが独自でかついでいる本のコーナーです
ファミリー向けの商業施設の小さな本屋なのに、ちょっとした一角にとてつもなくマニアックな本が特集されていたりします
書店員さんの本への愛情が分かり、買うことで協力したくなったりします
先日、とある商業施設の本屋を歩いていたのですが、文庫のコーナーに一冊の本を強く宣伝していました
それがタイトルにもあるように『十二人の手紙』井上ひさし、でした
帯は縦に太いもので、そこには「隠れた名作ミステリ まさにどんでん返しの見本市だ!!」と書かれているので、書店員さんのおすすめというよりは、出版社と共同で企画されたものかもしれません
井上ひさし没後10年と書かれてもいるので、その可能性は高そうです
一律の企画だとしても、あまり派手ではない一冊の文庫だけが特別に並べられているので、せっかくだから買ってみることにしたのです
これは、すべて手紙の形式がとられた短編集です
十二人の手紙、とありながら何度もくじを数えても13あるのですが、その謎はとけていません・・・
帯にあるように、最後にひっくり返るようなものがあったりしますが、先が読めることもあるので、あまりどんでん返しだけに期待して読むのはもったいないでしょう
それよりも、もっとノスタルジックな気持ちで没入すると、過去の日本が想像できます
というのも、この本は40年前に発売されているので、当時の日本の世相を表しているからです
冒頭の『悪魔』という短編も当時の若い女性たちがどのように社会へ出たのか、という場面が鮮やかに描かれています
ですので、ちょっとしたトリックと時代背景を楽しむという意味では、夢中にさせてくれる読み物でした
全てが手紙形式だったら普通は飽きてしまうのかもしれませんが、そこはこの作者の優れたところです
手紙の送り先を次々に変えて全体をあぶりだしたり、手紙の中に演劇の創作を入れ込んでみたり、出生届や婚姻届けなどのような証明書だけで物語を展開したりと、なかなかの力技が盛り込まれています
ご自身の執筆のヒントになることもあるかもしれませんが、そのままアイデアとして採用は難しいかもしれません
それよりも、手紙一つにしても、ここまで作品の域を広げることができるのかという感嘆こそが、次への執筆の動機付けになるような気がします
おそらくこのような作品はもう二度と現れないでしょう
というのも、そもそも手紙を長々と書くという風習が、私たちから消えてしまったのですから・・・