職業作家への道

自分の文章で生活できるなんて素敵。普通の会社員が全力で小説家を目指します

父のこと(その三)

 

 

前回からの続きです

 

 

いよいよ松竹庵(仮名)に入っていきます

 

 

店は広くて、きれいに内装されていました

 


私もほぼ無関係とはいえ、少し緊張します

 


接客にきてくれた若い男性の店員さんが、まさかその女性の息子さんかもしれないとか、いろいろと考えてしまいます

 

 

「店はきれいになっているけど、あの厨房の感じとかは同じだ」

 

 

私たちは奥の方のテーブル席に座ることにしました

 

 

「その子はさ、よし子(仮名)ちゃんって言うんだ」

 


父はそう言いました

 


それが何を意味するかは分かりませんが、何だかお店の人に聞いてみたくなります

 


「すみません、このお店によし子さんという方はいらっしゃいますか?」

 


試しに聞いてみました

 


「いや、僕は聞いたことないですね。たぶん、よし子さんという方はいないと思います。でも、もしかして、前から居る人に聞けば何か分かるかもしれませんが」

 


そして、若い男性の店員さんは別の方の接客のために、違うテーブルへ行ってしまいました

 


その後、別のご年配の女性がうちのテーブルに来てくれました

 


「ちょっと確認もしてみたのですが、うちには、よし子さんという方はずっと居られないですね」

 


「今の社長さんと、先代ってどういうご関係でしょうか。そこの親族にもよし子さんという方はいらっしゃらないですか?」

 


オーナーが変わっていたりしたら、さすがに今の人たちは知らないでしょうから、そう聞いてみました

 


「今の社長は五代目で、先代の四代目の息子になります。その親族でもよし子さんという人はいないんですよね」

 


「そうですか」

 


つまり、この松竹庵には、よし子さんという方は一族としてはいないというわけです

 

 

私たちはここで諦めるしかありませんでした

 


おそばを食べながら、父は言いました

 


「その後さ、よし子ちゃんが誰かと結婚したって噂は聞いたんだよね。もしかしたら、俺はただのアルバイトの子を、この店の娘だと勘違いしていたのかもしれない。主人に断られたのも父親じゃなくて、アルバイトの女の子に手を出すなという意味だったのかなぁ。もし、ただのアルバイトの子なら、さすがにもう見つからないかな」

 


父は、病み上がりの力ない声で笑いました

 

 

そして、私たち家族は松竹庵を後にしました

 


その後、魚介類のお店でランチを食べたので、思わぬランチ二食になり、全員がお腹いっぱいになりました

 

 

完全に父は回復しています

 


近くの海岸でみんなで写真を撮ったりして、その後は道の駅でお土産を買って帰宅しました

 


久しぶりの家族旅行でしたが、何も起きない、ただそれだけの話です

 


ただ、一つ思ったことがあります

 


よく、父親と息子というのは確執の話があります

 


例えば、ツルゲーネフとか、志賀直哉とか、その他にもいくつかの実話があったりします

 

 

父の威厳というものが、想像以上に息子を追い詰めてしまうというご家庭は意外と多いような気がしています

 


ですが、私の父はいささか頼りないものの、息子に対して、マウントしたり、圧力をかけてきたり、偉そうに尊大にふるまったりは、決してしませんでした

 


その点についてだけでも、私は本当に感謝しなくてはならないな、と思いました

 

 

帰りの車で、ふと後ろを振り返って見てみると、年老いた父はすでにぐっすり眠っていました

 

 

久しぶりの長い外出で、少し疲れたのかもしれません

 

 

 

 

私と父の関係は、それほど良くもなく悪くもないです。少なくとも険悪な関係ではありませんでした。だた、大切な話をきちんとしたことも、おそらくないように思います。それが必ずしも良いこととは思いませんが、子育てにおいては意図的に何も語らないというやり方はあるのかもしれません。

ただ、私の父は少なくとも意図的ではなく、ただめんどくさかっただけなんだろうなぁ、、、と思うこともあります

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