こちらは小説ではありません
岩波書店から出版されている評論のようなものになります
そして、作家は平野啓一郎なのですが、私はこの作家の誠実さに心から敬意を表します
現代にも素晴らしい作家はたくさんいますが、日本全体そして未来のことを憂慮するスケールの作家はそれほど多いとは思えません
そして過去に対する学習も欠かしません
そういった意味でも、平野啓一郎氏は現代作家の中でも規格外です
この死刑の問題というのは、本当にセンシティブであり、どんな状況であれ議論したり意見を言うことがはばかられるような主題です
これはおそらく憲法の専門家であっても、人権団体の方であっても、同様だと思います
しかも、昨今は少し過激なことを言っただけで炎上するという時代背景もある中で、平野啓一郎ほど著名な小説家が、死刑制度のことを言及するメリットはあまりないように思っていました
逆に言えば、彼は自分の評判に対して、メリットとかデメリットという細い文脈など度外視して、自分のポジションについて言及しています
これは作家としての説明責任を果たすような、非常に勇気ある行為です
そういった態度は彼の作風にも表れています
そして、自分の作品が歴史の中でどう語られていくか、自分の提出した作品群がどのように読まれ、影響を与えるかという観点を忘れていません
それゆえ、彼の作品には安易さがなく、慎重でよく練られていて、どの作品にも何らかの意義を感じることが出来ます
その彼が、一体死刑について、どのようなことを語るのか
新刊で単行本で、薄いわりに高いですが、迷わず買ってしまいました
というのも、私は学生時代にこの死刑制度というものを相当勉強していて、世に出版されている死刑に関する本を片っ端から読み(図書館で)、多くの人とこの問題を議論してきたので、テーマとしても興味がありました
平野氏はもともと死刑存置派でしたが、意見が変わり現在では廃止派になったとのことです
作中で、彼は本当に気をつかいながら、被害者遺族の気持ちを傷つけないように丁寧に説明をしながら、自分の意見を順を追ってきちんと説明しています
ですので、私としては自然と彼の意見が体に浸透していきました
とはいえ、私はもともと死刑制度廃止派でしたが、人生の途中で存置派に変わるという、平野氏とは全く反対の変遷をしてきたのです
ですので、ある意味においては私の考えは平野氏とは真逆ではありながら、一方で彼の著作には説得力を感じました
ちなみに、私が廃止から存置に変わったのは、長く生きていくうちに、”心情的にどうしても許せない事件”が後をたたなかったからです
そういう意見に対して、平野氏は「そういった感情と社会が死刑を存置することは別の議論である」と展開します
確かに、彼の言っていることは最もで、終章にあるように昨今の日本社会なり日本人なり、世の中の人というのは、本当に厳しくなってきています
死刑とは全然関係のないところでも、寛容さや包容力を感じるような場面は一昔よりも格段に少なくなっていて、狭量で批判的な論調が強くなっているように感じます
ネットなどの匿名の意見を見ても、「まあ、それくらいいいじゃないか」という許容ではなく、「非常識でありえない」という攻撃的な意見がなんと多いことでしょう
ただ、私はネット上で何かを書き込みすることはありませんが、死刑制度に関しては、また何か残忍な事件が起きると、どうしても許せなくなってしまう原始的な感情があり、やはり存置にせざるをえない、とまた元に戻ってしまったりするのです
それほどこの死刑制度という問題は感情的に根深くて、さすがの平野氏もまた30年後などは意見がまた変わってないとも言い切れないものなのであります
死刑のことだけではなく、死刑を通してみた日本社会のことが書かれています。ですので、なんだろうな最近の日本の風潮は、、、と思われる方には、何かしら気づきのある書籍だと思いますので、手に取られることをお勧めいたします