新潮新人賞の結果
すみません
ものすごく更新が滞っておりました
いくつか活動的なことをしていました
仕事とは無関係で、プライベートで8日間ほど行っていました
長年、アンコールワットが見たいと思っていたためです
これに関しては、どこかでブログにもアップさせていただくかもしれません
本当に素晴らしい体験でした
やはり、自分の住処と距離を離して時間を過ごすということは、何か気付きがあるようです
海外旅行中の空白時間に考えることがたくさんありました
そして、話を本題にするのですが、本日書店に行って新潮新人賞の予選通過の結果を見に行きました
お詳しい方ならご存じの通り、今連絡がないということは落選したということです
それを知っていながら、私は書店に行かざるを得ません
そして、複雑な気持ちで雑誌新潮2025年10月号を開きました
名前は載っていました
ただし、一次選考通過のみです
私としては、渾身の作品だったため、それなりに落胆は大きいです
家に帰って、自作を読みながら何で駄目だったのだろうとずっと考えました
自分でも再読してみても悪くなかったからです
でも、おそらくこれはエゴなのです
さらに年月が経って読み返すとアラに気付くのかもしれません
他にもっと素晴らしい作品があったと認めざるを得ません
私はかつて、このようなブログを書きました
ですが、そんな簡単に受け止められないと我ながら思います
心の底から悔しいです
ですが、仕方ありません
自作を改善するのみです
これからも書くことを諦めませんし、これからも応募を続けていきます
でも、最近の新人賞のタイトルを見ながら、少し違和感を持ちました
それは良い悪いではないのですが、タイトルも著者名もずいぶんトリッキーになったということです
人の氏名もキラキラネームとか言われていますが、小説のタイトルや著者名にもそんな傾向があるかもしれません
十年とか二十年前は、こんな斬新な著者名とかタイトル名はありませんでした
新潮新人賞はまだオーソドックスでしたが、すばる文学賞とかを拝見すると、既成の文学を破壊しようとするすさまじい勢いが垣間見れます
(とはいえ、私は新潮の方が品があって好きです)
新人賞の予選通過のタイトルを見ているだけですが、時代が変わったという感じがします
かつて、「物語の復権」というタイトルで講談社大衆文庫が出していました
現代、YouTubeもそうですし、TikTokもそうですし、その他のソーシャルメディアが隆盛しています
確かにそれらは面白いかもしれませんが、そういう流れとは一線を画したい気持ちが私にはあります
それらのコンテンツで味わえないものを提供するのが文学であってほしいと思います
だとすれば、それらのコンテンツと同種の流れを文学が安易に踏襲してはならないのかもしれません
ですが、そうするとあまりに時代遅れで、誰も読まなくなるのでしょう
だとすると地道な方法しかないようにも思います
読みやすさを前提とした上で、一語一語の重さや些細な一言の切れ味のすごさを文学は失ってはなりません
私はその一翼を担おうと思っています
(まだデビューもできていないので、こんなことを言っていたらただの変な人になっていますが・・・)
あと、最近日帰り温泉に行くことが多いのですが、濡れたタオルの所在に困ることがあります。濡れたままカバンに入れるわけにはいかないので。。。その時に下記の商品はものすごく役に立ちましたあ

