職業作家への道

自分の文章で生活できるなんて素敵。普通の会社員が全力で小説家を目指します

たまに思い出す人(後編)

 

 

このシリーズも今回で最後です

 

 

中学三年生の受験シーズンに、会田くんは車の事故でお母さんを亡くしてしまいます

 

 

そして、会田くんは例のプレハブの家から出ていくことになりました

 

 

ただ、それは大家さんから出て行けと言われたわけではなく、近隣に会田くんを引き取ると言ってくれた人がいたからでした

 

 

会田くんはヘルニアのために腰痛があり、普段から整骨院に通っていました

 

 

そこの整骨院の院長さんが、整骨院の二階にちょっとしたスペースがあるから、今後はそこに住んだらいいと引き取ってくれるということでした

 

 

その整骨院はその地域では有名で、会田くんもその院長先生の話をたまに私にもしていたくらいなので、私は胸をなでおろしました

 

 

とはいえ、彼の境遇を目の当たりにして、自分の環境に安堵してしまうことに、言い知れぬ罪悪感のようなものがありました

 

 

そして、いよいよ中学校を卒業する日がきます

 

 

私の中学校では本人から直接聞くわけでもないのですが、だいたい誰がどこの高校に進学するかという噂が流れてきます

 

 

そして、会田くんの噂も流れてきました

 

 

挑戦校だった高専は落ちてしまい、少しランクを下げた公立高校への進学が決まったということでした

 

 

もう帰る方角も違いますし、クラスも違いますし、部活も引退していたので、彼とはほとんど話さずに、卒業することになりました

 

 

それから一年後、私はばったりと街で会田くんと会うことになったのです

 

 

久しぶりの再会に驚き、お互いに近況を話しました

 

 

私は大した話は一つもありません

 

 

公立高校に進み、中学の時と同じようにバスケットボール部に入っているだけでした

 

 

会田くんは高専に落ちたことは引きずっておらず、今の公立高校で楽しくやっているとのことでした

 

 

もう部活はやっておらず、今も整骨院に住みながらアルバイト漬けの生活をして、結構な額を稼いでいると楽しそうに言っていました

 

 

もしかしたら大学に行くかもしれないし、高校を卒業したら兄貴と住むかもしれないとも言ってました

 

 

表情にも以前の陽気さがきちんとあって、会田くんは高校一年生にしてすでに自活できる強さを身に付けているのだな、と自分との差を感じたように記憶します

 

 

もちろん、その笑顔の裏にはとてつもない苦悩があった可能性はありますし、本当は部活をしたかったのにアルバイトをせざるをえなかったのかもしれません

 

 

ですが、それを確かめる術は私にはなく、彼の胸中を聞けるはずもありません

 

 

それ以来、私は会田くんとは会っていません

 

 

これで会田くんとの話は終わり、前編の冒頭に戻るわけですが、その整骨院の前を私は今でもたまに通ります

 

 

あれから相当な月日が流れましたが、まだその整骨院は開いているのです

 

 

たまに通りがかった時、さすがにもう会田くんは住んでないんだろうなと思いながら、その整骨院を通り過ぎます

 

 

今回、私自身どうしてこんな昔の話を書こうと思ったのか分かりませんが、この文章を書きながら、会田くんの人生について、きちんと向き合おうとしていなかったことに気が付きました

 

 

長い間、私は彼の境遇を受け止めることができず、そしてそれは今でも続いているような気もしています

 

 

だから、いつまでも整骨院を見て会田くんを思い出すのかもしれません

 

 

三回に渡りお付き合いいただき、ありがとうございました

 

 

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