では、いよいよこの素晴らしい短編集の中身に踏み込んでいきたいと思います
この小説は全部で5篇あります
同じ短編という括りですが、長さはそれぞれ全然違います
数ページで終わるほど短いものもあれば、それなりに長いものもあります
ちなみに、帯に書かれた文言が秀逸だったので、紹介させていただきます
「富士山」
結婚を決めた相手のことを、人はどこまで知っているのか。
「息吹」
かき氷屋が満席だったという、たったそれだけで、
生きるか死ぬかが決まってしまうのだろうか?
「鏡と自画像」
全てを終わらせたいとナイフを手にしたその時、
あの自画像が僕を見つめていた。
「手先が器用」
子どもの頃にかけられた、あの一言がなかったなら。・・・
「ストレス・リレー」
人から人へと感染を繰り返す「ストレス」の連鎖。
それを断ち切った、一人の小さな英雄の物語。
いかがでしょうか
私の偏愛度ランキングを聞くまでもなく、この帯を見ただけで書いたくなること必至です
では、私の偏愛ランキング、五位からいきたいと思います
五位「鏡と自画像」
もしかしたら、この作品が最も秋葉原事件の影響を受けたのかもしれません
自分が記憶している言葉と、相手が記憶している言葉に、微妙なギャップがあるあたりに、リアリティがあり、相変わらずの巧さを見せてくれます
ですが、やや直接的すぎる点といかにもありそうな生い立ちに、既視感のようなものを覚えたため、この順位といたしました
四位「息吹」
まさしく平野啓一郎の真骨頂です
自分の思想や思いを、小説という技巧を徹底的に使って表現しています
一部の人は熱烈にこの作品を一位にしたくなるでしょう
こんなに緊張感のある短編を読んだことはなかったかもしれません
素晴らしい作品なのですが、かき氷屋が満席だったことで、、、ということを強調したいばかりに、思想的なものが前に出てしまい、小説としての物語性を部分部分で阻害してしまったように感じてしまいました
三位「手先が器用」
ものすごく短いです
4ページ程度です
ですが、何でしょうか、この余韻は
こんな少ない枚数で、世代の連鎖というスケールを感じさせてくれるなんて、信じられません
こういう少し温かい話も書けるのが平野啓一郎です
二位「ストレス・リレー」
これも、慈愛に満ちた小説なのだと思います
こういう人も英雄と言えるところに平野氏の優しさを垣間見ることができます
ちなみに私は太宰治の中で最も好きな小説が『ろまん燈籠』なのですが、そういう方でしたら、この実験的な小説をきっと気に入ってくれると思います
そして、専業作家を目指す私としては、この形式にやられたぁと思ってしまいました
一位「富士山」
この短編集の最初の作品です
もしかしたら、この小説が最も技巧が発揮されているかもしれません
ですが、平野氏の成功する小説のパターンとして、技巧と感情とリアリティがうまく融合している場合が多いです
今回もマッチングアプリ、婚活女性、SOSサイン、無差別事件など、現代を象徴する要素がこれでもかというほど盛り込まれています
これらを短編に盛り込もうとすると、普通は崩壊してしまいますが、この天才作家の才能が、この短編ではいかんなく発揮されています
なるべくネタバレしないようにご紹介させていただきましたが、若干バレてしまっていたらすみません。ですが、平野啓一郎は本当に質の良い小説をいつも提供してくれます。いつも言っているかもしれませんが、この作家と同時代に生きていることはありがたいことだと思います。
ちなみに、短編集を出すのは十年ぶりということだったので、またしばらくお目にかかれないかもしれません。お時間ある方は、この機会にぜひ!