この本が発売された時、確か文庫だったと思いますが、「生まれながらにして古典」と帯に書かれていました
ある休みの日に私は自宅の近所をうろうろするほかは、ずっと『本格小説』を読んでいました
これは多くの人にとって素晴らしい読書体験になると思います
のめり込める作品というのは、字面を追うというよりは、その場で体験している感覚の方が近くなることがあります
この小説にはそんな力がありました
この時はの休日は三連休で、サラリーマンをしていると三日の休日でも短く感じられるものですが、かなり長い休みに思えたのは、この小説を体験していたからかもしれません
構成はやや多重的です
東太郎という男にまつわるお話
著者水村美苗が私小説風に東太郎と接したことを前置きとして書いています
その後、水村のところへ祐介という男が東太郎についての話をしに来ます
前置きが終わると、祐介が冨美子と知り合うところから、本編が始まります
冨美子というのが東太郎と密接に関わった女でした
つまり、祐介も冨美子から聞いているという構造です
冨美子⇒祐介⇒水村美苗
水村は本書の中で東太郎は実在するし実名だと書いているのですが、どうも東太郎というのは実在の人物ではないようです(小説の世界では当たり前かもしれませんが)
著者は作品の冒頭に自分を登場させることによって、この物語に説得力を持たせたいという狙いはあったと思います
一方で上記に記載した通り、伝聞の伝聞という多重的な構造によって、真実か否かのぎりぎりの境目に、読者をいざなってくれているのかもしれません
時折登場する写真も実在を主張するためのものなのでしょう
ちなみに私は東太郎が実在すると信じながら読みました。その方が楽しそうだったので
実在しないことを知っていたら、また少し違った感想になっていたかもしれませんが
というのも、伝聞の伝聞にしては描写が克明過ぎる、、、と冷静になってしまい、ここは作者の想像力で書いたのだろうかなど、余計なことを考えてしまう可能性があるからです
無茶な要求ですがが、まだ読んでいない人は東太郎が実在すると思って読んでいただければと思います(モデルとなった人はいるかも知れないので・・・)
構造もそれほど複雑ではなく、伏線もある程度理解できる範囲内で、カラマゾフのように登場人物がごちゃごちゃしていません
上下巻の長い小説ですが、必ず最後まで読めると思います
それにしても『本格小説』というのは野心の高いタイトルです
著者の心意気がうかがえます
そして内容もそれに恥じていません
素晴らしい小説の読後はいつも同じで、現実の力を乗り越えてしまいます。読み終わっても物語が簡単に離れていかず、私にずっとくっついたままです
昭和初期の街並み、当時の人々の暮らしぶり
それだけではなく、死に物狂いで生きている人のこと
小さな頃から優雅に生きている人のこと
これからの人生に迷う人のこと
日本のこと、世界のこと
そんなことを考えても、相も変わらず結論は何も出ないのですが、小説とはやはり面白いものだと再認識させてくれました